デザイン啓発セミナー「感性価値の創造」vol.2

講師はコミュニケーションデザイナーの原研哉さん。

私も原研哉さんの著書「なぜデザインなのか。(平凡社)」を読んで
デザインの、特に思想に関わるところで
色々と納得したり考えさせられたりしたのもあって
参加しました。

テーマは「EMPTINESS(空白)」。

日本の美の思想の根底に「空白」があって
その「空白」を媒介にコミュニケーションをしてる、と。

面白い表現だと思いました。

例えば、企業のロゴマークや国旗の日の丸ですら
「空っぽの器」なんだと。

それ(ロゴマーク、国旗)自体は空っぽだからこそ
それを見る人の色んな思いが入る「余地」がある、と。

「空っぽの器」を作る行為は太古の昔
神様を呼ぶためにこしらえた「代」ではないか、と。

↓4本の柱と紐でできた空間が「代」

ちなみに、この「代」に「屋根」がついて「屋代→社」になった
というのは本当だそうです。

日本人は遥か昔から「空っぽの器」に対する想いがあったんですね。

で、それが高度に昇華されるのが
原さんは「応仁の乱」がきっかけだと考えてるそうです。

元々日本はシルクロードを経てインド、中国、韓国経由でのルートや
東南アジア方面からのルートや、ロシア、モンゴルといった
海外から文化の影響を受け、吸収し発展させた経緯があります。

それら海外からの影響を受けた文化物(建築物、美術工芸など)が
応仁の乱を期にほとんど消失してしまいます。

時の将軍は早々に隠居して銀閣寺に移り
そこで新しい文化を発展させますが
この時に「侘び」という発想が生まれるのです。

この時代に始まった「茶の湯」の茶室は
まさに「空っぽの器」とも言えるのです。

亭主が「空っぽの器」に施した、さりげない演出から
客は亭主の意をくみ想像を膨らませて
「空っぽの器」をお互いの想像で満たしていく。

そのような日本独自の美の感覚があるんだから
西洋に劣ると思わずに、むしろ誇ってほしいそうです。

講義終了後、参加者との質疑応答があり
その中で心に残った一言。

日本のデザインは
世界で「評価」されることではなく
世界で「機能」しなければならない。

Webサイトでも
サイトのオーナーの主張が全面に出過ぎて
訪問客もうんざりすることがありますよね。

訪問客が入る余地が無いんですね。

訪問する側も「買うだけが目的」という趣旨のサイトなら
それでいいんですが。

「空っぽの器」の考え方をうまく取り入れて
訪問客が想いを入れる空白のある
デザインができるよう心がけたいものです。

原さんの著書「」にも
今日の講演で話したのと似たことが書いてるそうです。
読まなきゃ。


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